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藩政は若年の義直

慶長5年(1600年)11月28日、徳川家康の九男として京都伏見城で産まれる。

慶長8年(1603年)に甲府藩主となる。慶長12年(1607年)に兄の松平忠吉が死去したため、清洲藩主となるが、父・家康は中部地区及び東海道の要としての重要なこの地域を管轄すべく、名古屋に天下普請の城郭・名古屋城を築き本拠地と定めた。ただこのとき、義直自身は父と駿府城におり、父の死後の元和2年(1616年)、名古屋へ移り住んだ。なお、藩政は若年の義直に代わって、老臣の平岩親吉らが代行した。

成長してからは藩政を自ら行ない、灌漑用水の整備、新田開発などを積極的に行なって米の増産に務めた。そのほかにも検地による税制改革などで年貢収納を確立した。

義直は学問を好んで儒教を奨励し、「孔子堂」の建立や城内の尾張東照宮の建築を進めた。歴史書「類聚日本紀」を著した。また、家康の形見分けで受け継いだ「駿河御譲り本」に自身で収集した書誌を合わせ蓬左文庫を創設し、「決して門外不出にすべからず」と現在の図書館の走りとなる文庫とした。日本武術も好み、柳生兵庫助から新陰流兵法の相伝も受けている。また、いつ襲われても対処できるようにするためか、寝る際には寝返りを打つごとに脇差の位置を常に手元に置き、さらに目を開けながら絶えず手足を動かして寝ていたとも言われている。

慶安3年(1650年)、中風症で病臥していた義直は、江戸藩邸で死去した。享年51。後を子の徳川光友が継いだ。

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2008年11月15日 13:45に投稿されたエントリーのページです。

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